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本論文は、太宰治の後期作品に現れた日常の様相に注目して、これが占領期という時代状況とあいまってどのように展開していくのか、その意義を察したものである。1945年8月の敗戦を起点としてGHQの占領がはじまり、敗戦直後の日本社会はいわゆる「民主化の爆風」というべき急激な混乱と変化の時期を迎えるようになる。1945年から1948年までの後期作品を通じて、太宰は主にその政治社会的な変化のなかで生きていった庶民の日常を描いている。
　日常というのは、太宰にとって個人の存在...

本論文は、太宰治の後期作品に現れた日常の様相に注目して、これが占領期という時代状況とあいまってどのように展開していくのか、その意義を察したものである。1945年8月の敗戦を起点としてGHQの占領がはじまり、敗戦直後の日本社会はいわゆる「民主化の爆風」というべき急激な混乱と変化の時期を迎えるようになる。1945年から1948年までの後期作品を通じて、太宰は主にその政治社会的な変化のなかで生きていった庶民の日常を描いている。
　日常というのは、太宰にとって個人の存在の場として維持すべき原点であると同時に、絶え間なく否定し、改革しなければならないという二重性を含んでいることであった。これは突然現れた考えではなく、戦時下に完成された「惜別」、「御伽草紙」からも読み取ることができることである。太宰は戦後の新時代を通じてそのような日常の根本的改革を願望したが、太宰の目に映った当時の様々な改革と変化はただの時局便乘主義にすぎなかった。「津軽通信」、「トカトントン」に登場する庶民たちからは、敗戦直後まだ残っていた戦争の痕跡と急激な社会変化のなかで迷っている様子がうかがえる。そして「戦後民主主義」「文化国家建設」に代表される敗戦後の社会政治的な変化を認識していながらも、実際はそれらとまるで無縁のように日常を維持していく様子を見せたりする。
　特に、という絶体絶命の課題を目前にして、庶民たちの日常は本格的に各種の矛盾と屈折を露呈しはじめる。「ヴィヨンの妻」、「斜陽」、「おさん」の主人公の女性は自分の日常、時には家庭の日常を守るために道徳的堕落、いわゆるというものも受け入れざるを得ない。一方、その姿からはそのような矛盾と屈折に対して相当自覚的な様子、あるいはそれをしようとする自分なりの試みを窺うこともできる。しかし、そのとから前に述べた当時の社会政治的な変化の影響関係をみつけることは容易ではない。ここで当時様々なの社会政治的変化に対する太宰の観点、つまり、結局そのような変化が庶民の日常に根本的な変化をもたらすことはなかったという作者の批判を読み取ることができるだろう。このような太宰のまなざしは最終的に「桜桃」と「家庭の幸福」、「人間失格」に至って、日常自体のもつ特質、そして日常の主体である個人の本質に対する考察の形をとっていく。
　　太宰は敗戦後の社会から目撃した様々な矛盾と不条理を、庶民の日常に胚胎されている二重性を通じて見つめていた。したがって、太宰が注目した戦後日常の様相とそのねじれは、自然に当時の日本社会への批判、そして人間本質への疑問という実存的な考察につながっていく。以上の内容を通じて、太宰後期文学の日常というのが、ただ作品の資材を提供するだけではなく、「個人の日常と社会像」、「主体と日常の関係」、「日常の克服」などの社会哲学的議論に拡大されているのがわかった。

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